霧島ユウタのプロフィール

霧島ユウタ(@yuta_kirishima

1989年3月生まれ、福岡県出身。
(現在、福岡県北九州市に在住)

時が経つのは早いもので気づけば30代に突入しましたけど…
見た目も中身もハタチぐらいでストップしていると自負しており、毎日オシャレな洋服に囲まれながら有意義な毎日を送っています。

よく行くお店はUNITED ARROWSとか、たまにかっこつけてぷらっとBARNEYS NEWYORKのお店に寄ったりします。

毎日スーツばかり羽織る生活だったので、オシャレな私服でシゴトするのっていまでも新鮮ですし、自分だけのオンリーワンを追求している感がハンパないので、もうそれだけで幸せなんです。

遊んでいるような格好でバリバリ働いていると、シゴトとプライベートの境界線もあいまいになり、1日のシゴトが午前中に終わると午後はそのまま街中に繰り出して、買い物を楽しんだり、映画とか観に行ったりします。

とにかくシゴトも遊びも全力なので少し疲労がたまったと感じれば、ノープランで由布院の日帰り温泉旅行に出かけることもありますし、リゾート気分を味わえそうな水上ヴィラをふと雑誌で見かければ…眺めるだけで終わらせることなく実際に足を運んでみるとか。

結構やりたいように、好きなことを追求しています。

こんなことを言っていると遊んでばかりの人だと捉えられそうですが、もちろんシゴトはバリバリやっていて、今現在はMacBook1台で生計を立てています。

主にブログ運営で収入を得ており、

  • ブログ1記事で日収6万円を達成したり
  • たった1つのブログで月収28万円の収入を得たり
  • 育てたブログを200万円で売って欲しいと懇願されたり

このようにブログスキルを身に着けたことで、自分自身の力で収入を得られるようになりました。

あとはこれまで培ったブログのスキルを活かして、一個人に対してブログ収益化の指導も行っています。

 

ただ、一昔前までは僕も会社員生活を送っていました。

真夏の暑苦しいなかスーツを羽織って外回りとかしていましたし、オーダーメイドの洒落たスーツでバリバリと仕事をこなすエリートとは真逆で、いつもヨレヨレのスーツを羽織って死んだ魚の眼みたいな顔して毎日働いていました。

いわゆるごく一般的な会社員だったんですけど。。。なぜ死んだ魚の目をして働いていたこの僕が、今では楽しくて仕方がない毎日を送っているのか?もしかしたら少し不思議に思われたのではないでしょうか?

もしあなたが今現在、会社員生活にうまく馴染めなかった“過去の僕”と同じような境遇にいるなら、きっと今後の人生を有意義に過ごすためのヒントを1つでも掴めるはずです。

少し長いですけど、僕の「高校時代のストーリー」から読み進めてみてください。

奇跡的に社会人の仲間入りを果たす。

高校時代は大きな夢とか目標がなかったので、打ち込めるものがなくいつもモヤモヤしており、その反動で毎日遊びくれるような日々を送っていました。

湘南乃風の「純恋歌」とか聴きながら、勉強とかそっちのけで恋愛と夜遊びに明け暮れる日々だったんですけど…それはそれで楽しかったです。

ただ、このままでは将来ヤバイと感じて少し焦っていたんですけど、当時の担任の先生から後押しされた経緯もあって、仲の良かった友人と一緒にエンジニアを目指す専門学校へ通うことになりました。

が、しかし、

高校時代からのモヤモヤ感は拭い去れず、勉強にも身が入らないままそうこうしているうちに就職活動シーズンが到来します。

当たり前ですが…うまくいきません。

もともと出来が悪いのに「リーマンショック」という悪魔がさらに襲ってきたことで、あっさりと1次面接で落ちますし、一向に内定先をもらえないまま、とうとう専門学校を卒業する日を迎えました。

さすがに「このまま無職になるのはヤバイ!」と感じた僕は、卒業後にもかかわらず大慌てで就職活動を行っていたんですけど…その時です。

携帯電話がブルブル鳴っていたのでポケットから取り出すと、見知らぬ番号から着信が鳴っていたので、「今は忙しんだから後にしてくれ!」という気分で耳元にケータイの液晶画面をあてました。

すると画面の向こう側から「霧島さん、おめでとうございます!」という、いかにも人事っぽい女性の声が聞こえてきたので「?」という気持ちになりましたが、冷静になって考えてみると、卒業する直前に面接を受けた◯◯会社の人事担当者だったことが判明しました。

そうなんです、奇跡的に内定がもらえたんです。

IT分野ではなかったものの、もともと仕事内容には興味があったのですぐに即答し、僕は晴れて社会人の仲間入りを果たすことができました。

なんだかんだ僕の進路を心配していた両親や親戚も大喜びで「本当に就職先が決まって良かった」と、たいして何もしていない僕を大いに祝福してくれました。

理想と現在。もう我慢の限界だった…

あれだけ勉強せずにサボってきた僕ですけど、会社員という資格が手に入ればなんとかなる、と根拠のない自信を持っていました。

理由はいくつかのアルバイト経験を通じているなかで、「君は仕事はできる子なんだね!」とよく言われていたからです。

入社した当時は学歴とか教養は仕事と一切関係がないと本気で思い込み、とにかく目の前の仕事に一生懸命に取り組んでいれば絶対に評価されて…いつか出世できると信じていました。

バカ正直に仕事に向き合う姿勢は高く評価されてか、最初は営業補佐的なポジションだったんですけど、次第に本格的な営業職になり、気づけば「リーダー」という役職もついていました。

これだけ聞くと僕の会社員生活は順風満帆にいっている、そう聞こえるかもしれません。

ただ現実はそうじゃなくて。

表面的には給料もトントン拍子に増えていて、このまま会社にいればどんどん良いイスに座れたのはわかっていたんですけど、その内側では僕のメンタルが限界を迎えようとしていました。

一言で言えば…上司と馬が合わなかったのです。当時はただただ運が悪いと思っていました。

もちろん、上司と良好な関係を築こうと必死になって働いていましたけど、最後までうまく折り合うことはできなかったんです。

完璧主義タイプだった上司のもとで僕の疲労度は日に日に増していき、一番つらかった時期はご飯を食べるときと業務上のやりとり以外は、冗談抜きでまともに口を開けることができませんでした。

何か楽しいことがあっても心の底から笑えず、口がうまく開かないんです。

喜怒哀楽のうち「哀」以外を奪われてしまった僕は、いつしか作り笑いすらできないようになり、感情表現ができないオトナになっていたのです。

これ以上我慢していたら、僕が僕じゃなくなりそうな気がして…そう察してから誰一人として相談することもなく、8年間お世話になった会社に退職届を提出しました。

転職したいけど「次」がない。

普通の会社員なら退職する前に転職先の1つぐらい見つけるものですけど、そんな安全策を取る精神的な余裕のなかった僕は、とにかくあの場から立ち去ろうと必死だったので転職先とか決めずにとっととやめてしまったのです。

一見、あぶない橋を渡るような行為に聞こえるかもしれませんが、会社を立ち去ったあとの僕はたしかに精神的に満たされていました。

有り余った有給休暇を消化しながら、ただただ一人でくつろぐ日々を送り、「今度は会社員生活を全うできる。これで未来は明るくなる」と意気込んでいたのです。

ふと気づけば有給でくつろげる日も残り1ヶ月を切ったので、8年ぶりに転職活動…ではなく退職済みだったので就職活動をスタートしました。

ただ現実は思っている以上に残酷で、専門学校時代に味わったような悪夢がふたたび襲ってきました。

ゆとり世代の男にしては辛抱強く働いているという点が高く評価されてなのか、だいたいの会社の書類選考はパスできて1次面接まではこぎつけられます。

ただお目当ての会社の面接に足を運んでも、次がない。

思うように二次面接まで進めずに、自宅に届く書類はいつも「不採用通知」ばかり。

少し背伸びして名のしれた一流企業とか高待遇の会社ばかり受けていたのが不採用の最たる理由なんですけど、やっぱり面接の場だけで自分をうまく表現することの難しさを改めて感じたというか…なかなか思うようにいかずに無性にイライラしていました。

会社員以外の「働き方」に希望を見いだす。

思い切って会社をやめたのはよかったものの、次の働き口が決まらない。

せめて1社だけでも内定がもらえたら…という状況なのに、まったく見向きもされずに職にありつけないのです。

次第に「面接の場だけで一体なにがわかるというのか?」などと生意気な態度で自ら受けた会社を批判するようになり、その熱が冷めるにつれてだんだんと虚しくなっていきました。

履歴書に貼った作り笑顔の顔写真を眺めていると余計に虚しくなり…「いったい君はなんのために生きているのか?」と自分自身に何度も問いかけていました。

日に日に新しい職場を探す気力や体力もどんどん奪われていき、気づけばニートみたいな状態に陥っていました。

「オレの人生って一体なんなんだろうなぁ…」と、公園のベンチにもたれ掛かっているうちに、辛かった会社員時代の情景が頭に浮かんできました。

毎日ヨレヨレのスーツを着て、周りの大人たちと同じように満員電車に乗り、会社に到着すれば黙って上司の言いなりになる。

やっぱり、あの一連の動作を我慢するのが社会人の宿命なのか?

また同じように苦しむのか?苦しみたいのか?

アレが本当に自分自身が望んでいた生き方なのか?

・・・

そのとき、ハッと気づいたんです。

もし仮に就職先が決まれば…また同じような会社員生活を送ることになるかもしれない。

いや、絶対にそうなるだろう。

・・・

この瞬間から僕は自分の正直な気持ちと素直に向き合えるようになり、まるで細胞レベルで生まれ変わったかのように「考え方」がガラリと変わりました。

就職活動がうまくいかない「真の理由」が明らかになったのも、ちょうどこの時期です。

そもそも根本的に会社員生活を送りたいと思っていない。

だから面接の場では作り笑顔とごく当たり障りのない自己アピールしか出来ないですし、当然ながら人事担当者にも響かないよなぁーっと今までの就活を振り返っていました。

これまで働くとは“会社に勤めること”だと定義していましたけど、きっと他にも道はあるはずだと信じて、

「どうやったら会社員生活を送らずに、のびのびと生きていけるのか?」

「組織に頼らず自分の力だけで収入を得る方法はないのか?」

あれこれ必死になって新しい働き方を探り始めます。

そこで、ブログを運営して広告収入を得るというビジネスに興味を持ち始めました。

もう会社員生活を送ることなど1ミリも考えていなかったので…なんとしてでも実績を上げると1人で意気込んでいました。

運命的な出会いを果たす。

ブログを開設して記事の更新を始めてみたのは良いですけど、日記みたいな記事を書いても一向に収入を得ることができず行き詰まってしまいます。

「ブログの収入があるから、会社員なんてやらないよ!」

そんなことを言える人生はやっぱり夢のまた夢のような話だったのかなぁ…と、夢があまりに手の届かない遥か彼方にあるような気がして、またやるせない気持ちになります。

やはり夢とか見ないで真面目に働くしかないのかぁ…

気づけば「会社員」という現実的な働き方をイメージする日が増えていき、一時期ストップしていた就職活動を再開するしかないのか、だけどやっぱりスーツは着たくないなどとも考えながら、毎日毎日モヤモヤしていました。

周りの大人たちと同じようにスーツを着て同じ枠にはまり、上司の顔色を伺いながら仕事する人生は絶対に避けたい、もうなんとしてでも避けなければいけない。

ここでなんとかしなければもう僕の人生は完全に終わってしまう…若干涙目になりながら必死にGoogleの検索ボックスにあれこれキーワードを入れては検索を繰り返し、インターネットの世界に最適解を求めていました。

そのときです。ふと、ある人のブログにたどり着きました。

その方はそれこそ同年代ぐらいの男性で、調べてみると僕と同じように元会社員だったようですけど、ブログで成果を上げて何者にも縛られないライフスタイルを送っており、つまりは僕の夢をリアルに実現している方だったんです。

ブログで人生を変えると決意する。

僕と同年代の元会社員が、目の前で何不自由なく楽しそうな日々を送っている。

その人は一体どんな人なのか…?やっぱり僕などとは住む世界が違う遠く離れた人なのか?

色々と考えた結果…ここは思い切って音声してみるしかないと決意して、直接お話する機会を設けていただきました。

最初は「実はヤバイ人なのではないか?」とか「ブログで成果を上げたとか実は嘘なんじゃないか?」とか疑いから入っていたんですけど、実際にその人の声を聞いていて胸の中に溜まっていたモヤモヤが嘘のように晴れていきました。

ブログで成果を上げれば会社員生活とサヨナラできる…夢みたいな話が本当に実現できる、と直感的に確信したのです。

ただ、自分ひとりでは到底叶えることができそうになない。

今まで自分自身の学びに1円すら投資したことがなかった僕ですけど、なんとしてでもブログで成果を上げるために、中古の軽自動車が購入できるぐらいのお金を差し出してブログの指導をしてもらうことに決めたのです。

 Never Give Up! 

ブログを再スタートしたとき、会社員でいうと「上司のような存在」が僕のそばにいました。

最初は右も左も分からない状態で不安だらけでしたけど、実際に成果を上げている人がそばにいることで誤った方向に道を踏み外すこともなく、日に日に着実に僕のブログスキルは身についていきました。

もちろん最初は何を書いても収入は0円で、メンターに添削を出しては赤ペンを入れられるばかりです。

ただブログの知識を積み上げていくうちにたった20数円程度ですけど…初めてブログで収入を得ることができたんです。

今でも当時の嬉しさは鮮明に覚えていて、たった20数円を稼ぐことが会社員として月収20万円を稼ぐことよりもはるかに重くずしりと乗っかってきました。

その後はますますやる気も湧いて、気づけば数万円のキャッシュをブログで得られるまでに成長しました。

ただ、まだまだ思うように右肩上がりに収入は伸びていかず、「やっぱりブログで会社員並みに収入を得るとか不可能なんじゃないか?」と、毛布にくるまってはこの先どうしようかなどとまた一人で悩んでいたんです。

そんな暗闇の中をさまよってるときに、僕に光を差し出してくれたのは周囲にいたブログ仲間たちでした。

僕と同じように自分が本当に望んでいた人生を手に入れるためにブログを始めて、同じように苦しみながら必死に作業している仲間たちです。

ブログを指導してくれるメンターが先生ならブログ仲間は同級生みたいな存在で、彼らと愚痴を言い合ったり、励まし合ったり、ときにはバカらしいことで盛り上がったりしながらお互いに切磋琢磨しました。

「ここで終わるわけにはいかない…」

諦めそうになったときも周りにいる仲間たちと共に、いつか必ず理想を現実にすると思い続けて、来る日も来る日もブログを更新し続けました。

「第二の人生」が現実に。

そして…ついに目標としていた月収10万円を達成しました!

会社員時代の給料と比べると半分以下ですし、かつてもらっていた桁違いのボーナスよりも圧倒的に少ないんですけど…ただただ純粋に嬉しくて、会社員時代に味わったことがないような達成感を得ることができたのです。

この成功体験が僕をさらに理想の未来に運んでくれたのは事実で、ブログにますます力が入った僕の収入は15、20…30万円と毎月順調に膨れ上がっていきました。

さらにブログで会社員並みの収入を得られるようになると、そのスキルを活かしてさらに大きなことができるようになり、結果的にどんどん収益は伸びていったんです。

もちろん僕以外のブログ仲間たちを見ていても、各々で培ってきた経験を活かしてどんどん社会で活躍しており、その姿を見ていると改めてブログ運営の将来性の高さを感じています。

当初はここまでブログの可能性を見いだせていませんでしたけど…結果的に理想の働き方を手に入れることができたので、当時、ガムシャラにブログの世界に飛び込んだ自分自身を今では少し褒めてやりたいぐらいです。

オトナこそ人生を楽しむべき。

今の僕は“ブログで収入を得る”という術を手に入れたことで、余計なストレスを抱えることなく毎日が楽しくて仕方がありません。

自分が心から望んでいたライフスタイルを送っているので毎朝ワクワクしながら目覚めていますし、明日を楽しみにしながら眠りにつく瞬間もまた至福のひとときです。

これだけ精神的に満たされると、どんなことでもポジティブに考えられるようになり、会社員時代に比べて思考もずいぶんと若々しくなった印象です。

周りの人たちが「10代、20代の頃に戻りたい…」とかネガティブな発言をしているときも、僕は青春時代を駆け抜けた日々と同じぐらい密度の濃い時間を送っていると自信を持って言えますし、本当に10代の頃のように毎日がワクワクしているんです。

 

たまに電車に乗ると、疲れ切った顔して電車に揺られている会社員を見かけますが、その度に過去の自分自身を思い出します。

その人たちを見ていて可愛そうだと感じるのは、心の奥底では理想の世界を描いているのに、実現する手段がないので毎日惰性で義務のように会社に出社しているということです。

ここまで読み進めていただいたあなたは、きっと確固たる理想のライフスタイルを描いているはずです。

その理想を実現するためには、過去の僕のように思い切って飛び込まなければいけません。

 

「人が生きる意味って一体なんなんだろう・・・」

かつて僕もこの問いにうまく答えられずにモヤモヤしていましたけど…僕はシンプルに毎日を楽しく過ごすために生きると捉えています。

これ以上でもこれ以下でもない。きっとあなたもそんな生き方を望んでいるのではないでしょうか?

「10代の頃のように、もう一度だけ青春を味わいたい」とか、理由はなんでもいいんです。

周りから変な目で見られてもいいので、あなたはあなたが本当に望むライフスタイルを手に入れるべきですし、オトナはもっと人生を楽しんでよいのです。

たった1度しかない人生を「色濃い人生」に塗り替えたいと本気で思うなら、ぜひ思い切って行動してみてください。

きっと素敵な未来が待っているはずです。